『清経−恋之音取』11月30日 国立能楽堂公演

シテ 梅若六郎
ワキ 宝生閑
笛 一噌 仙幸
地頭 観世榮夫

梅若六郎師の『清経』です。今回は小書に「恋之音取(こいのねとり)」がついていて普段とは一風変わっていました。この演出は清経の幽霊が夜妻の枕元に登場する際のものですが、その際笛方が笛座からにじり出てきます。地謡の前当たりで、断続的に笛の音を奏でます。笛の音が聞こえている間だけ、清経は導かれるように徐々に徐々に橋掛かりを舞台に向かって進んでくるのです。

今回の見どころはなんと言っても、上記の恋之音取の部分でしょう。一噌流の重鎮である一噌 仙幸さんの笛に導かれてシテが登場。シテと笛との掛け合いが良かったです。

また、曲そのものの見どころでもあるのが妻との問答の部分です。あまりの悲嘆に清経も心残りだったのか、夢枕に現れます。しかし、妻は恋しさのあまり自分を置いて先立った清経をなじります。

「命を待たで我と身を、捨てさせ給うおんことは、偽りなりける約言なれば、ただ怨めしう候」

淡津の持ち帰った遺髪を返したことを清経もなじります。そのやり取りの音楽的な美しさがよく出ていたと思います。

「さように人を怨み給わば、我も怨みは有明の、見よとて贈りし形見をば、何しに返させ給うらん」

世阿弥の傑作なので、とにかく「つづれ錦」そのままに連綿とつながっていく日本の詩の美しさと韻律は格別の内容だったと思います。
六郎さんの声には定評があり、さすが、という舞台でした。
| 清経

能 『清経』

『清経』は『平家物語』を題材にとった一場型夢幻能です。世阿弥の『三道』に「近来押し出して見えつる世情の風体の数々」とあり、その作品としてこの曲「清経」がありますので、世阿弥本人も自信作と認めていたようです。

平清経は重盛の三番目の子です。自殺時21歳という若さでした。能「清経」のあらすじはこうです。

壇ノ浦の合戦を数年後に控え平家の凋落は決定的になっています。源氏との戦で西国へ都落ちした清経の家では妻が一人夫の帰りを待っています。そこへ家臣の淡津三郎があらわれ清経の遺髪を出しつつその自殺の報を伝えます。
妻は打ちひしがれ裏切られたと悲嘆にくれます。

夜になると妻の寝床に清経の亡霊が現れます。妻は自分を残して死んでしまった夫をなじりますが、清経の幽霊は妻を慰めつつも自ら自殺の経緯を語って聞かせます。

筑紫での戦の敗北、宇佐八幡宮での絶望的な神託、そして月夜の入水。さらに修羅道の苦しみを語りますが、念誦のおかげで救われたことを語りつつ消えていくのでした。
タグ:能楽
| 清経

世阿弥の修羅能について2

観阿弥の時代においては修羅能は未熟な内容しか持っていませんでした。

世阿弥はそれまでの修羅能という分野評価していなかったからこそ、自ら修羅能を多数作曲することにしたのでしょう。こちらの一覧をご覧いただければ、それこそ現代において不動の評価を勝ち得ている代表的な名作が修羅能の分野に残っていることがお分かりいただけると思います。

ですから、花伝書にあるのは、あくまでも観阿弥時代の修羅能についてであること。そして、世阿弥が新しく修羅能の名作を意欲的に創造していったこと。

この二点によって、現行の修羅能の充実と風姿花伝における過小評価の謎が理解できるのです。

タグ:世阿弥

世阿弥の修羅能について1

さて風姿花伝の世阿弥の修羅能にたいする見解を見たわけですが、第一の疑問点は、世阿弥が修羅能をあんまりやらないほうが良い、と言っている点ですね。

現行の二番目ものである修羅能は曲目をみれば分かりますが、はっきりいって名曲ぞろいです(代表的な修羅能の曲目を別項にご紹介しています)。

では、なぜ世阿弥は修羅能を評価していなかったのでしょうか?

じつはこれは風姿花伝という書物の成立時期に関係があります。この書が成立したのは世阿弥が30代後半の頃である、とされています。

世阿弥の芸術論は大体に分けて三期に分けられており、それぞれの時期によって論調や見解に相違があります。

風姿花伝が書かれた時期は、三期のうちの第一期に当たります。つまり、20代前半で父親の天才能楽師観阿弥を亡くし、観世一座を背負っていた世阿弥が、仕事の面でようやく起動に乗り出した時期に父の意見を後世に残す目的で書かれたのが本書なのです。

修羅(『風姿花伝 第二 物まね条々』より拙訳による) 

”修羅の能というものもひとつの分野である。
見どころはあるが、それほど興味深い分野ではない。
だからあまり演じない方が良い。
ただし、源氏や平家の名だたる武将について、花鳥風月など自然の情緒を織り交ぜて演じるなら他の分野の作品に勝るところも十分ある。
この部分は華やかにしたほうがいい。
というのも修羅の能に出てくる狂乱状態は、よく鬼の状態に似通ってしまいがちだからだ。
それ以外には、舞のしかたによっても大きく違ってくる。もし曲舞風の箇所があるなら、そこは舞の手振りを良くした方が良い。
弓ややなぐいなど武器が飾りになる。そのときの道具の持ち方や使い方を重々考えて、修羅能の本質的な部分に洞察を働かせて演じること。
とにかく、鬼の能になってしまいがちなこと、また、舞の手使いの部分に気をつけて演じなければならない。”

修羅(原文『風姿花伝 第二 物まね条々』より)

”これまた、一体の物なり。
よくすれども、面白き所稀なり。
さのみにはすまじきなり。
ただし、源平などの、名のある人の事を、花鳥風月に作り寄せて、能よければ、何よりもまた面白し。
これ、殊に花やか(なる所)ありたし。これ体なる修羅の狂い、ややもすれば、鬼の振舞いになるなり。
または、舞の手にもなるなり。
それも曲舞がかりあらば、少し、舞がかりの手使い、よろしかるべし。
弓・やなぐいを携えて、打物をもてかざりとす。
その持ち様・使い様を、よくよく伺いて、その本意を働くべし。
相構えて相構えて、鬼の働き、また、舞の手になる所を用心すべし。”

修羅能の作品

『頼政』(よりまさ)
『実盛』(さねもり)
『朝長』(ともなが)
『兼平』(かねひら)
『清経』(きよつね)
『忠度』(ただのり)
『俊成忠度』(しゅんぜいただのり)
『経政』(のりまさ)
『知章』(ともあきら)
『巴』(ともえ)
『道盛』(みちもり)
『屋島(八島)』(やしま)
『田村』(たむら)
『敦盛』(あつもり)
『生田敦盛』(いくたあつもり)
『箙』(えびら)

修羅能とは

能の構成は五番立てになっていて「序・破・急」の流れが念頭に置かれています。
まず、「序」ではゆったりとした雰囲気のなかで能の世界に入り込んでいくための場を作ります。
次に「破」では物語の展開で分かりやすく動きの激しいものがきます。
最後に「急」では短くそして躍動的に終わりを迎えます。

この「序破急」は能の作品一曲のなかに体現されていますし、また一日を通して行われる番組全体にも反映されています。

つまり、神・男・女・狂・鬼の五つです。修羅能は二番目の男に当たります。

俗に二番目ものと言われて、源氏や平家の武将の幽霊を主人公にした作品です。死後修羅の世界で苦しむ様子を描いており、主に『平家物語』を舞台にした敗者の滅びの美学を扱っている点が特徴です。

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。